第四話 もう一度だけ




「はい、今日の授業はこれまで、
宿題忘れないようにね、
特に発音については
しっかり練習すること」



「はーい」



「ねえサクラ先生、
今日みんなで女子会するんだけど
一緒にいかない?」



「う~ん、どうするかな~
久しぶりに行ってみるか!」



「やった~!
ニューヨークの話聞かせてくださいね」



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家族でニューヨークに行って8年、
日本に帰ってきてから7年が経っていた。



私は日本で英会話教室の教師として働いていた。



渡辺君とは15年前に空港で別れてから
一度も連絡を取る事はなかった。



ニューヨークにいる時は
何度も寂しい思いをした。
辛い時もあった。



彼に会いたい、
声を聞きたい、
そう思ったのは
一度や二度ではなかった



でも心の約束を守るため、
お互いの幸せのため、
あえてそうはしなかった。



日本に帰ってから綾に聞いてみたが、
彼は就職した会社を5年で退社し、
一度東京へ行ったようだ。
しかしその後の事はヒロト君でも
わからないらしい。



「きっとどこかで元気にしてるよ」



綾はそう言ってくれる。
私もそれを信じている。



アメリカでは彼氏を作る事は
出来なかった。
どうも外人のノリには
ついていけない。
日本人の男の子も
いないわけではなかったが、
恋愛感情まではいかなかった。



日本に帰ってきてからは
2人の人と付き合った。
どちらも私からではなく、
告白されてのお付き合いだっけど、
やはりどちらも長くは続かなかった。



もちろん楽しい事もたくさんあったが、
渡辺君の時のような、
フィーリングとでも言うのだろうか?
心が通じ合う感覚もなかったし、
なにより私自身が幸せを感じる瞬間が
全くなかったのだ。



失礼な事だと思いながらも、
どうしても相手を心から
好きになる事が出来なかった。



これじゃあいけない。
そう思いながらも
どうしても彼と比べてしまう。
街で似た人を見かけると、
思わず確かめてしまう。
心のどこかで彼を探している
自分がいるのも確かだった。



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「サクラ先生、その赤いマフラー素敵ですね、
とっても似合ってますよ」



「ありがとう、もう15年も使ってるんだ、
普段は使わないんだけど飲みに行く時だけ
使うんだよね」



「へ~15年も!なんか理由でもあるんですか~」



「昔好きだった人とのお別れの時に
プレゼントしてくれたマフラーなんだ」



「え~それをまだ使ってるんですか!
先生ひょっとしてその人の事まだ好きなんでしょ」



「それはもちろん今でも好きだよ、
嫌いで別れたわけじゃないからね
でも今どこで何やってるかもわかんないんだ」



「じゃあ先生は今でもその人の事を
さがしてるんですね、
いや~見つけて出会って欲しいな~、
なんだがすごくロマンチック」



「でももう35歳だからね~
きっと彼も家庭をもって
幸せにしてると思うよ」



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どこで何をしているかわからなかったが、
唯一のヒントとしては、
彼はバーテンダーになるのが
夢だった事だ。
私は飲みに行く時は必ず
彼にもらったマフラーをしていく。
彼が私を見かけた時に、
気づいてもらう為もあった。



また、飲みに出る時は必ずバーに行った。
初めて彼と行ったバーはすでに
閉店になっていたけれど、
もし彼が夢を叶えて
バーテンダーをしていれば、
どこかでまた会えるかもしれないと
思っていたからだ。



今日、女子会に誘われて出席したのも、
また新しいバーに行って、
彼がいないか探してみるつもりだった。
しかし思うような結果にはならなかった。
札幌にいるとは限らない、
東京でバーテンダーを
しているのかもしれない。



「もう会うことはないのかな」



そう思うと少しだけ
胸が詰まる思いがした。



「私なにやってるんだろう」



彼に会いたい気持ちは確かにあった、
でもそれはよりを戻したいとかではなく、
元気でいるかどうか?
もう結婚して子供もいて、
きっといいパパになっているだろう。
それを邪魔する気持ちは当然なかった。



ただもう一度会いたかった。
そしてもう一度声が聴きたかった。



やはり私はまだ彼を愛していた。
もしかしたら彼も同じ思いで
いてくれるかもしれない。
そんなわずかな希望を持っていた。



でも彼が幸せに暮らしている事がわかれば、
その時本当に彼を諦められる
過去にけじめをつけられる。
そんな気がしていた。




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