朝の7時に目覚まし時計が鳴りだした。
今日は大学が休みなのにスイッチを切っておくのを
すっかり忘れていたようだった。
あらためて布団に包まり
二日酔いまではいかないが、
少し頭痛を感じながらも昨日の出来事を
あらためて思い出していた。
自分では自分の性格が
わかっているつもりだったけど、
いざとなると思いもよらない自分が
出てくるのかもしれない。
慎重派だと思っていた自分が
あんなにも積極的で、
簡単に返事してしまうなんて、、、、
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「なに読んでるの?」
親しい男友達になら普通に言える言葉だが、
そうでもない男の子に声をかけるとなると
また違ってくる。
この「なに読んでるの?」だけでも
緊張している自分に少し驚いていた。
綾からの情報によると彼は
まだ彼女がいないらしく、
今までもいなかったらしい。
性格はおとなしいが、男友達とはバカ騒ぎするが、
女の子が入ると途端に緊張するようだ。
要は女の子に慣れていないそうだ。
突然声を掛けられて驚いた様子だった、
多少面識があるが緊張しているのがよくわかる。
「カクテルの本だよ、レシピも書いてあるし、
そのカクテルの歴史なんかも書かれているんだ」
意外だった、見た目はおとなしそうなのに
カクテルに興味があるなんて、
私の父もカクテルが好きで、よく話を聞かされる。
しかし一度もバーに連れて行ってもらった事がない。
「へ~渡辺君、カクテル好きなんだ~」
「お酒はあまり飲めないんだけど、
作るのが好きなんだ
いつかはバーテンダーになりたいんだよ」
幾ら私がガンゾの長財布の事を
聞きたいが為とは言え、
次に自分が発した言葉は
自分でも信じられなかった。
まさに「直感に従った」としか
言いようがない。
「じゃあ一緒にバーに行こうよ!
私行った事がないから行ってみたいな~」
なぜガンゾの長財布を使っているのか
聞きたいのはもちろんあったが、
イメージとは少し違った渡辺君に
多少興味が出てきたのもあったかもしれない。
いつが良いか聞かれたので、
思い切って今日連れて行ってと言ってしまった。
自分でも大胆すぎないかちょっと不安になった。
軽い女だと思われなかっただろうか?
普段ならこんな事は絶対に言わないのに・・・
でも深く考えても仕方ない、
今日の19時に駅のホームで
待ち合わせする事になった。
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「え~サクラ、渡辺君とデートするの~?」
「そんなデートなんて大げさなことじゃないよ、
ちょっとご飯食べてお酒飲みに行くだけ」
「それを世間ではデートって言うんだよ、
サクラも大胆だね、ちょっと見直した」
「そんなんじゃないってば!」
確かにこれは綾の言う通り
「デート」になってしまう。
少し早まったかなとも思いつつ、
楽しみにしている自分がいるのも確かだった。
今までも男の子とデートした事が
なかった訳ではなかったが、
いつもは誘われて行くだけで
つまらない事しかなかった。
私から誘うのはこれが初めてで、
こんなにウキウキするものだとは
思いもよらなかった。
昨日の夜から何を着ていくのか
選ぶのを楽しんでいるのも
初めての経験だ。
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今日は12月27日
年の瀬が迫っているせいか
駅前には人が多かった。
うっすらと雪が降っているが、
それほど冷えているわけでもない。
むしろ例年と比べると暖かい方だろう。
いろいろ悩んだが
やっぱり普段通りの恰好を選んだ。
ただ一番のお気に入りの
「赤いマフラー」だけは付けて行く。
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駅に着いて待ち合わせの場所へ、
人は多かったがベンチに座る渡辺君が見えた。
あっ、また本読んでる・・・・
以前友達に聞いた話だと、
本ばかり読んでいる人は
頭よさそうだけど、
つまらない人が多いよと言っていた。
ひょっとしてカクテルの本を読んで
予習しているのかもしれない、
お酒の知識をひけらかそうとしているのかも。
近づいていくと向こうから私に気づいてくれた。
どうやら読んでいた本は
カクテルの本ではなかったようだ。
とりあえず渡辺君がよく行くという、
お好み焼き屋に行く事になった。
そこでの会話はとても楽しかった。
今までの男の子は自分の話を
するばかりだったが、
彼は私の話をじっくり聞いてくれる。
ただガンゾの長財布の事については、
まだ話せずにいた。
次は彼がバーテンダーを目指す
きっかけになったというバーへ、
お洒落な雰囲気があり、
かなりの年配のバーテンダーだった。
初めて飲む本格的な
カクテルはとても美味しかった。
もちろん今日の楽しかった事も
プラスに作用しているのかもしれない。
今日はいろんな発見があった、
特に今まで全く興味のなかった男の子に
自分から声をかける自分に
一番驚いているし、
デートでこれ程楽しかった事も初めてだった。
ほんの些細な事から知り合い、
これ程自分と波長が合う人と巡り合うのは
まさに奇跡を感じてしまう。
しかしこの後、彼に言われる言葉を
期待していた自分が一番意外だった。
「付き合ってください」
驚きもしたが、期待してもいた、
そうなるんじゃないかなと
予感もあった。
一瞬戸惑ったが、
心の中ではすでに返事は決まっていた。
私は下を向いて黙ってうなずいた。
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