最終話 回り道の末




こうなる事はわかっていた。
私が本当は心から望んだ事なんだろう。



今思う事はただ1つ。
このままこの手を
二度と離さないで………



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「ねえ綾、今日も付き合ってくれない」



「え~今日も!もう週に2回も出てるじゃん、
もういい加減に諦めたら?」



「そう簡単に言わないでよ、
どうしても一度だけ会いたいの」



「それこそ簡単に言わないでよ、
週に2回も飲みに出たら破産するわ!」



「ごめんね、でも女1人でのバーは
まだ抵抗があるんだよね」



「気持ちはわかるけど女2人での
バーも訳ありに見えちゃうよ」



私はあいわからずバーに行っていた。
それも毎回違うバーに。
もちろん彼を探す為だが、
いくつかのバーで聞いたが、
バーテンダーにもネットワークがあり、
お互いに知り合いと言う事も
珍しくないようだ。



私はいつも彼の名前を告げるのだが
知っているバーテンダーはいなかった。



そうなるとバーテンダーをしていないのか?
それとも札幌以外の土地で
バーテンダーをしているのか?
もはや雲をつかむような話しになってきた



「サクラ、諦めなって
もう前を向かなきゃ結婚も出来ないよ
いつまでも過去を引きずっちゃダメだよ」



「でも、、、、」



「でもじゃないの!
せっかく浩輔さんに
誘われているんでしょ
これを逃したら一生独身だよ!」



私が教えている英会話の生徒の1人、
浜田浩輔さんからお付き合いを
申し込まれていた。



私より3つ年上の38歳だが、
誠実で真面目な印象だ。
特別イケメンではないが、
優しそうな雰囲気を持っている。
私の好きなタイプではあった。
仕事で英語が必要なわけでは
なかったが、
自分のスキルアップの為に
英会話に通っていた。



浩輔さんからは
結婚を前提にお付き合いを
申し込まれていた。



「でも心にわだかまりがあったままじゃ
お付き合いなんか出来ないよ。
やっぱりちゃんとしたいしね、
でも今年いっぱいで会えなかったら
しっかり前を向くよ」



「仕方ないな~
親友の為に一肌脱ぐか」



今年ももう12月、
浩輔さんには詳しい事情は
話していないが、
返事は来年まで待ってと言っている。



もしこのこのまま渡辺君と
会えなければそれはそれで運命だろう。
きっと縁があれば偶然でも会えるはず、
しかしいつまでも待つわけにはいかない、
私は年内に会う事が出来なければ
彼は過去の思い出として
整理するつもりだったし、
そうしなければいけないと強く思っていた



万が一出会ってしまったら?
しかし私たちの年齢は35歳、
すでに彼も家庭を持っているだろう。
幸せそうな彼を見た時、
私はどう思うのか不安があったが、
きっと彼の幸せを心から喜び、
自分も幸せをつかもうと努力するだろう。



かつて心で交わした約束を
果たすために。



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「今日も空振りだったね」



「付き合わせてゴメンね」



「それはいいんだけど、
もう年末だよ、
そろそろ気持ち切り替えないと」



「うん、そうだね、
いつまでも浩輔さんを
待たせるわけにはいかないもんね」



今日は12月26日
心の中ではもうほとんど諦めていた。
明日は浩輔さんからディナーの
お誘いを受けている。



「もう浩輔さんに集中しなさい!
渡辺君とはきっと縁がなかったんだよ」



「そうだね、明日のディナーでは
ちゃんと返事する事にするよ」



もう札幌に帰ってきてから
50件以上のバーに行っている。
綾の言う通りきっと彼とは
縁がなかったんだ。
私はそう思い始めていた。



心の底ではまだ気持ちが残っていた。
別れてから15年、
彼を忘れる事なんて
一度も出来なかったのだから
当然と言えば当然だが、
いつまでも過去に縛られる
わけにはいかない。

でも会えるかも、
でも会えないかも、
でも会えるかも、
でも会えないかも、
頭の中はずっとその繰り返しだった。



何かの本で読んだ事があるが、
若い時に一番辛い別れは「死別」だそうだ。
理由はいい思い出しか残っておらず、
相手を美化してしまうからだ。
彼とは死別したわけではなかったが、
好きなうちに分かれたので、
私の中の彼は常に私を思い、
私を愛してくれていた。



そんな思いを胸に抱いている人を
好きになるのは辛いものだ。
心で美化されている人が相手なのだから
簡単に勝てるわけがない。
でも浩輔さんなら
私のそんな思いを含めて
包んでくれるような気がした。



年が迫るにつれて、
きっと会えないだろう、
もう新しい気持ちで人生を始めよう、
もちろん彼の事は今でも好きだが、
いい思い出としてしまっておこう。
そう思う気持ちが大きくなっていた。



「じゃあ今日は帰るね、
明日はしっかりと浩輔さんに
返事するんだよ
私もサクラに早く幸せになって欲しいよ」



「ありがとう、
今まで付き合わせてゴメンね
きっと幸せになるよ」



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昨日はストーブを止めずに
寝てしまったので、
朝起きた時には
部屋の中が乾燥していた。
ホットコーヒーで喉を潤しながら、
今日の浩輔さんとの
ディナーについて考えていた。



今日はちゃんと返事しよう。
もう2か月も待ってもらっている、
これ以上待たせるのは
やっぱり失礼だ。
もう過去は過去、
未来の事を考えよう。



もうこの赤いマフラーを
巻く事もないだろう。
ずっと取っておく事も考えたが、
彼に会えなかった以上、
この赤いマフラーと
お別れする事で
過去を思い出にしよう。



この赤いマフラーはプレゼントされた時の
箱もずっと取ってある。
しばらく赤いマフラーを見つめていた、
見つめているだけで
涙が流れてきた。



もうこれで本当にお別れなのね、
今まで私の心の支えになってくれて
ありがとう。
これからは新しい人と
未来に向けて歩いて行くわ。
私は心から赤いマフラーに
感謝していた。



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辺りが暗くなる中で
ようやくお別れの決心がつき、
赤いマフラーを箱に
しまおうと思った時、
ふと箱の底が
二重になっている事に気が付いた。
今まで何度も箱からマフラーを
取り出したのに
薄い二重底になっていたので
今まで気づかなかった。
きっとブランド品のマフラーだから、
保証書なんかが入っているのかと思い、
開けてみた。



そこには保証書と
1つの封筒が入っていた。



「あれ、これなんだろう」



封筒を開いてみると、
それは渡辺君からの手紙だった。
手紙と言っても文章ではなく、
たった一言だけ







「ずっと待ってる」







私は胸が破裂するほどの衝撃を受けた。
今までこの手紙に気づかなかったなんて、
私なんてバカなんだろう。
この手紙に気づいていたら
日本に帰ってきてすぐに
会いに行っていただろう。
そして今頃はあの優しい腕の中で
幸せな時を過ごしていただろう。



どうして今まで気づかなかったの?
どうして別れを決めた今
この手紙を見つけてしまったの?
どうして!どうして!
頬を伝う涙の滴が
この手紙を濡らす。



私は家を飛び出していた、
もちろん赤いマフラーを巻き付けて。
向かったのは駅のホーム、
今日は12月27日。
浩輔さんとのディナーの場所とは
逆方向だったが、
もうその事は頭から消えていた。



私は走った、
19時までにはあまり時間がない、
息を切らすほど走った。
駅前は人が多かった、
うっすらと雪が降っていたが、
寒くはなかった。



初めて待ち合わせしたあの場所へ、
ドキドキして行ったあの場所へ、
全てが始まったこの日のあの場所へ。



かつての待ち合わせの
駅のベンチに向かった、
駅はリニューアルされていたが、
あのベンチはそのまま残っているはず、
焦る思いを抑えながらそこへ向かった。



もちろん確証はない。
そこで彼が今でも待っているなんて
都合の良い事があるはずがない。
私はそう思いながら、
なぜか胸騒ぎがしていた。



今ではすっかり変わった駅の景色も、
まるでデジャヴの様に
過去の景色がよみがえってくる。
二人で歩いたあの通路、
あの時あったお店。
全てがあの時のまま脳裏に浮かぶ。



ベンチが遠くに見えた。
その時私は思わず立ちつくした。
ベンチに座り本を読んでる人が見える。



あふれる涙を抑える事はもう出来なかった。
ここに来るまでの間も涙は流れていた。





「いるはずがない」





きっと幸せに暮らしている、
そう思いながらも
ほんのわずかな
希望を抱いていたのも確かだった。
胸騒ぎは当たっていた。



ずっと待っていてくれたんだ…
もう別れてから15年もたっているのに。
私がもっと早く手紙に気づいていれば、
いや、この場所に気づいていれば。



彼には申し訳ない思い、
そしてうれしい思い、
複雑に入り混じった気持ちは
言葉に表す事は出来ない。



どう声を掛けようか?
どんな顔をして会えばいいのか?
彼の姿を見つけてから
頭の中を駆け巡る。



ずいぶんと回り道をしてしまったが、
もう一度あの頃に戻りたい、
もう一度彼と素晴らしい日々を送りたい。
そしてお互いに交わした心の約束、
「きっと幸せになろうね」を
あなたと叶えたい。
あの時を取り戻すなら、
彼にかける言葉は1つしかなかった。
止まらない涙もそのままに、
私は彼に近づいて声をかけた。







「なに読んでるの?」







その瞬間2人の時間が
あの頃に戻っていった。
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第二話 意外な自分

第三話 私が悪いの

第四話 もう一度だけ

最終話 回り道の末

特別編 彼女からのプレゼント



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