50代の父親にはどんな財布をプレゼントするか悩む若者

今日の外は朝から雪が舞っている。
少しは落ち着いてきたみたいだが、
しんしんと降る雪はまだまだ続きそうだ。

お客様の足も遠いらしく、ほとんど来店が無い。

もう開店休業状態だ。

そう思い店内のグラスを一通り磨き終わった時に
わずかに扉が開いた。

中の様子を伺っているようで、
他に客がいないのを確かめると
1人の若者が入ってきた。

私の記憶には無い顔で、年のころは20代後半だろうか、
おそらく始めての来店だろう。

今時の若者はどんな考えを持っているのか
興味があったので、じっくり話をするには良い機会かもしれない。

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「いらっしゃいませ」

「すみません、カウンターに座って良いでしょうか?」

「どうぞ、他にお客さんもいませんし、お好きな所へ」

バーテンダーは当然お酒を提供し、
おいしいと言ってもらえるのも嬉しいが、
お客様との会話が本当の醍醐味と言える。

その人その人の人生の物語が
垣間見えるからだ。

「何をお飲みになりますか?」

「僕はあまりお酒は詳しくありません。
マスターの好きなカクテルをお願いします。」

お酒に詳しく無いお客様は多い。
よく言われるのは、
マスターオススメのカクテルを下さいと
言われる事が多いのだが、
「マスターが好きなカクテル」
と言われるとその人が私の事を知ろうと
している事にもつながり、嬉しいものだ。

この若者はなかなか慣れているのかもしれない。

「かしこまりました、では私が一番好きなダイキリをお出ししますね。」

そして私はラム酒とライムジュース、ガムシロップを取り出した。
一般的には甘さは砂糖で出すのが通常のレシピだが、
私の場合はガムシロップを使用している。
いかにも砂糖の甘さと言うより優しい甘さが出るからだ。

「お待たせしました、ダイキリです。」

若者はすぐに手をつけず、眺めている。

「マスターはどうしてこのダイキリが好きなんですか?」

一般的なバーテンダーはお酒に関する薀蓄が多く、
お客様の前でつい長々としゃべりがちになる。
そこを抑えてお客様の会話を引き出すのが
本当に優れたバーテンダーと言えるのだが、
この若者はバーテンダーの気持ちを知っているのかもしれない。

「私の愛読書の1つに『ライ麦畑でつかまえて』があります。
その主人公のゴールデンコールフィールドが好きなカクテルでもあるんです。
その本がきっかけでダイキリが好きになり一番研究もしています。」

「ちなみに普段はお客様の様子を見ながら濃さや甘さを調節しますが、
『私が一番好きなカクテル』と言われたので、
私が一番好きな甘さを抑えてドライに仕上げています。」

「『ライ麦畑でつかまえて』ですか、聞いた事はありますが、
呼んだ事はないですね、こんど読んでみますよ。」

そう言って若者はダイキリを一口飲んだ。

「うん、とても飲みやすくおいしいカクテルですね。
マスターの思いを感じながら飲むカクテルはさらに一段と美味しいですね。」

この若者はバーでのお酒の楽しみ方を知っている様だ。
今後この若者が『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ後に来店し、
ダイキリを飲んだ後に「ぐっと来るね」なんて言ったりしたら
もう私はこの若者を最上のお客様として認める事になるだろう。

その瞬間を楽しみに待つのもバーテンダーの楽しみの1つだ。

「所でマスター、ここはカクテルが美味しいとは聞いていましたが、
皮革の財布についても詳しいと聞きましたが?」

財布に詳しい事はこのお店のお客様しか知らないはず、
という事は当店のお客様の知り合いなのか?
しかし好きなカクテルの話も出来たし、
財布についても色々聞きたいみたいだ。

「他の人よりは詳しい程度ですよ。
皮革の財布について知りたい事でもあるのですか?」

「ええ、実は55歳になる父への誕生日プレゼントを考えていて、
とりあえずは財布をプレゼントしようと思っていますが、
実際にお店に見に行ったらどれを選んでいいのやら迷ってしまって、
そこでアドバイスをもらえればと思い今日来てみました。」

「なるほど、父親へのプレゼントに財布を選ぶのはすばらしいですね。
しかし財布のプレゼントは意外に難しく、慎重に選ぶ必要があるんです。」

「そうなんですか!?やっぱりここに来て良かった、
財布のプレゼントが難しいのはどうしてなんですか?」

「誰にであれ、財布をプレゼントすると言う事は、
プレゼントする相手の財布がかなり年季が入っているからだと思います。
しかし使っている人から見ると愛着があり、
他の財布はまだ使いたくないと思っている可能性もあります。
せっかくプレゼントしたのに使ってもらえない事もしばしばあるんです。」

「じゃあ財布をプレゼントするのは良くないんですか?」

「そんな事はありません、財布を取り替えるきっかけが無くて
取り替えない場合もあり、大事なのは相手の好みのを反映した
財布をプレゼントする事が大切なんですよ。」

財布のプレゼントは難しい場合が多い、
せっかくプレゼントしたのに使ってもらえないケースが
少なくないからだ。
これは財布をプレゼントして失敗した例を見ても明らかだ。

「では僕の父親にはどんな財布がいいのかアドバイスしてもらえますか?」

「もちろんです。では幾つかお父様について質問しますが、
よろしいでしょうか?」

「お願いします。」

「では最初に、今お父様が使われている財布は、
二つ折りですか?長財布ですか?」

「長財布です。」

財布をプレゼントする時に真っ先に知っておきたい事は、
今使っている財布の形だ。
出来れば今使っている財布と同じ形の物が良い。
形を変えるのは生活スタイルすら変えかねるので、
今までと同じ形状を選ぶ。

「では、その長財布はブランド品ですか?ノンブランドですか?」

「詳しくは分かりません。パッと見はノンブランドだと思いますが。」

父親へ財布のプレゼントする時、ダンヒルなどのハイブランドの財布を
選ぶ人が多いが、いかにもブランドと言う物を嫌う人も多い、
今使っている長財布がハイブランドなら問題ないが、
ノンブランドならハイブランドは避けた方が賢明だ。

「では少し突っ込んだ質問になりますが、
お仕事はスーツを着ますか?着ませんか?」

「スーツは殆ど着る事はないです。
自営業で整体院をやっています。」

!?整体院、うちのお客様で整体院を経営している人がいる。
少し顔が似ている気もするが・・・
とりあえずスーツを着る事が殆どなく、自営業と言う事であれば、
普段使いの財布よりも、
お店でのお金を管理する長財布が良いのかもしれない。

「では、お父様が支払いなどで銀行に行く時は
どんな入れ物に入れてますか?」

「確か、、、透明のファスナーの付いた袋に入れているようです。」

「それならば、普段使いの長財布をプレゼントするより、
仕事で使う長財布をプレゼントするのも喜ばれるかもしれませんね。」

「なるほど!確かに透明の袋に入れて持ち歩くのも物騒だし、
それならば使ってもらえるかもしれない、
でもあの袋には領収書や振込みカード等も色々入っていたけど・・・」

「そうですね、そういった物も収納できる
ラウンドファスナーの長財布がいいでしょう。
このタイプであれば、領収書やカードも沢山入りますし、
見た目のかっこよく、銀行で見られても恥ずかしくありません。
では最後になりますが、予算は幾らくらいでしょうか?」

「大体3万円前後と考えています。
兄弟で出し合うのでもう少し多くても大丈夫だと思います。」

「では幾つか見本があるので参考にしてみてください。」

そう言って私はコレクションの財布を展示しているガラスケースから
4つのラウンドファスナー長財布を取り出した。
どれもお札入れはもちろんフリーポケットもあり、
収納は抜群だ。

「確かにこれならいろんな物が入りますね。
いや~相談してよかったです!!」

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こうしてこの若者は予算もちょうどのブライドルグランド長財布を
父親のプレゼントとして送る事を決めたようだ。

その後はまだ来店していないので
実際喜んでもらえたのかどうかは分からないが
きっと満足してもらえたと思う。

ラウンドファスナーの長財布は正直言うと使い方が難しい。
普段使いにするなら常にバッグやカバンを持ち歩き、
その中に入れて持ち運びするしかないからで、
スーツを着るならなおさら使い勝手が悪い。

しかし今回のケースの様に、
普段使いではなく、仕事用と割り切ると
これほど便利な長財布は無いだろう。

父親へに限らず、財布のプレゼントは
相手の嗜好や背景などを考慮して選ぶのが必要、
本来こういう事を考えながらプレゼントする物を
選ぶのが正しい選び方と言えるでしょう。

間違っても自分の好みの財布をプレゼントするのは
絶対に避けてください。



第二話 意外な自分

第三話 私が悪いの

第四話 もう一度だけ

最終話 回り道の末

特別編 彼女からのプレゼント



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